権利関係 第2章
意思表示(詐欺・強迫・錯誤・虚偽表示)
この章では、契約の申込みや承諾といった「意思表示」に問題がある場合のルールを学びます。本心と違う表示をした場合、勘違いをした場合、だまされたり脅されたりした場合に、その意思表示がどうなるのか、そして事情を知らずに関わった第三者はどう扱われるのかが中心です。事例問題でよく出る分野です。
意思表示と5つの類型
意思表示とは、「この土地を1,000万円で売ります」のように、法律上の効果を発生させようとする意思を外部に表すことです。通常は、内心の意思と表示が一致し、自由な判断のもとで行われます。ところが、次のような場合には問題が生じます。
- 心裡留保:本心ではないと自分で分かっていながら表示した(冗談など)
- 虚偽表示:相手方と示し合わせて、うその表示をした
- 錯誤:勘違いによって表示した
- 詐欺:だまされて表示した
- 強迫:脅されて表示した
民法は、表示した人(表意者)を守る必要性と、表示を信じた相手方や第三者を守る必要性を比べて、類型ごとに結論を分けています。最初に全体像を示します。
| 類型 | 当事者間の効果 | 第三者との関係 |
|---|---|---|
| 心裡留保 | 原則有効。相手方が悪意・有過失なら無効 | 無効は善意の第三者に対抗できない |
| 虚偽表示 | 無効 | 無効は善意の第三者に対抗できない |
| 錯誤 | 取り消すことができる(要件あり) | 取消しは善意無過失の第三者に対抗できない |
| 詐欺 | 取り消すことができる | 取消しは善意無過失の第三者に対抗できない |
| 強迫 | 取り消すことができる | 取消しは第三者にも対抗できる |
善意とはある事実を知らないこと、悪意とは知っていることです。「善意無過失」は、知らなかったことに不注意もないことを意味します。
心裡留保(民法93条)
AがBに、本当は売る気がないのに冗談で「この土地をあげるよ」と言った場合が心裡留保です。この意思表示は、原則として有効です(民法93条1項本文)。うそをついた本人より、表示を信じた相手方を保護すべきだからです。
ただし、相手方Bが、Aの真意でないことを知っていた、または知ることができた場合(悪意または有過失)は、無効になります(同項ただし書)。冗談だと分かっている相手を保護する必要はないからです。
この無効は、善意の第三者に対抗できません(同条2項)。たとえば、Aの冗談だと知っていたBが土地をCに転売し、Cが事情を知らなかった場合、AはCに無効を主張できません。この第三者保護の規定は、2020年4月の改正で明文化されました。
虚偽表示(民法94条)
当事者間では無効
Aが借金の差押えを免れるため、Bと示し合わせて、自分の土地をBに売ったことにして登記を移した場合が虚偽表示(通謀虚偽表示)です。双方とも売買をするつもりがないので、この売買は無効です(民法94条1項)。
善意の第三者は保護される
ところが、Bが登記名義を利用して、事情を知らないCに土地を売ってしまった場合、Aは売買の無効をCに対抗できません(民法94条2項)。うその外観をつくったAより、それを信じたCを保護するという考え方です。
- 第三者は善意であればよく、無過失までは求められません(条文が「善意の第三者」とだけ定めているため)
- 判例は、第三者が保護されるために登記を備えている必要はないとしています。Aとの関係では、Aはうその外観をつくった本人であり、Cと対抗関係に立つわけではないからです
- Cからさらに土地を買った転得者Dも、ここでいう第三者に含まれると考えられています。Cが善意であれば、その後のDが悪意でも、DはCの地位を引き継いで保護されるとするのが判例です
「第三者」に当たらない人
第三者とは、虚偽表示の当事者以外の人で、虚偽表示によって作られた外観をもとに、新たに独立した法律上の利害関係を持った人をいいます。仮装の売主Aに対してもともとお金を貸していただけの債権者などは、外観を信じて新たな関係に入ったわけではないため、第三者に当たらないとされています。
錯誤(民法95条)
錯誤の2つのタイプ
錯誤とは勘違いのことです。2020年4月の改正で、錯誤の効果は「無効」から「取り消すことができる」に変わり、要件も整理されました(民法95条)。条文は2つのタイプを定めています。
- 表示の錯誤:意思表示に対応する意思がない錯誤。たとえば、1,000万円と書くつもりで100万円と書いてしまった場合です(同条1項1号)
- 動機の錯誤:法律行為の基礎とした事情についての認識が事実と違う錯誤。たとえば、近くに駅ができると思い込んで土地を買ったが、その計画はなかった場合です(同条1項2号)
いずれも、その錯誤が法律行為の目的と取引上の社会通念に照らして重要なものでなければ取り消せません。
動機の錯誤は「表示」が必要
動機の錯誤で取り消せるのは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限られます(民法95条2項)。表示は、はっきり言葉にした場合(明示)だけでなく、態度などから伝わっていた場合(黙示)も含むと考えられています。内心の動機だけで取り消せるとすると、相手方が思わぬ不利益を受けるためです。
重大な過失がある場合
表意者に重大な過失(著しい不注意)があった場合は、原則として取り消せません(民法95条3項)。ただし、次の場合は重過失があっても取り消せます。
- 相手方が表意者の錯誤を知っていた、または重大な過失によって知らなかったとき
- 相手方も表意者と同じ錯誤に陥っていたとき(共通錯誤)
第三者との関係
錯誤による取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗できません(民法95条4項)。
詐欺(民法96条)
詐欺による取消し
Aが、Bから「この土地の近くに大型商業施設ができるので値下がりする」とうそを言われ、土地を安くBに売った場合、Aは売買を取り消すことができます(民法96条1項)。
第三者が詐欺をした場合
相手方以外の人がだました場合(第三者による詐欺)は、少し結論が変わります。たとえば、CがAをだまし、AがBに土地を売った場合、Aが取り消せるのは、相手方Bがその詐欺の事実を知っていた、または知ることができたときに限られます(民法96条2項)。何も知らないBまで不利益を受けるのは不公平だからです。
詐欺取消しと第三者
詐欺による取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗できません(民法96条3項)。たとえば、AをだましたBが土地をCに転売し、Cが詐欺の事実を知らず、知らないことに過失もなかった場合、Aは取消しをCに主張できません。改正前は「善意の第三者」とされていましたが、2020年4月から「善意無過失」が必要になりました。
なお、この規定は「取消し前」に登場した第三者についてのものです。取消しをした後に登場した第三者との関係は、判例上、登記の先後で決まる対抗問題として扱われます。詳しくは物権変動と対抗要件の章で説明します。
強迫(民法96条)
強迫(おどして恐怖心を生じさせること)による意思表示も、取り消すことができます(民法96条1項)。詐欺との違いは、表意者の保護がより手厚い点です。
- 第三者が強迫した場合:相手方が強迫の事実を知らなくても、取り消すことができます(民法96条2項は詐欺についてだけ定めています)
- 第三者との関係:強迫による取消しは、善意無過失の第三者にも対抗できます(民法96条3項は詐欺についてだけ定めています)
だまされた人には多少の落ち度があるともいえますが、脅された人には落ち度がないため、より強く保護されると理解しておきましょう。
なお、強迫の程度がひどく、意思決定の自由が完全に奪われていた場合は、意思表示そのものが無効になると考えられています。
取消しの期間と公序良俗
錯誤・詐欺・強迫による取消しは、意思表示をした本人またはその代理人・承継人がすることができます(民法120条2項)。取消権は、追認できる時から5年、行為の時から20年で消滅します(民法126条)。追認できる時とは、錯誤や詐欺に気づいた時、強迫を受けた状態から抜け出した時などです。
また、意思表示に問題がなくても、内容が公の秩序や善良の風俗に反する法律行為(たとえば犯罪の報酬を約束する契約)は無効です(民法90条)。
数字・期間のまとめ
| 項目 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 取消権の消滅 | 追認できる時から5年/行為の時から20年 | 民法126条 |
| 錯誤の効果の変更 | 無効から取消しへ(2020年4月から) | 民法95条 |
| 詐欺の第三者保護の要件 | 善意から善意無過失へ(2020年4月から) | 民法96条3項 |
試験で問われやすいポイント
- 虚偽表示の第三者は「善意」だけで保護され、無過失も登記も不要。錯誤・詐欺の第三者は「善意無過失」が必要
- 錯誤の効果は「無効」ではなく「取消し」。動機の錯誤は、その事情が表示されていたことが必要
- 表意者に重大な過失があると原則として錯誤取消しはできないが、相手方が悪意・重過失のときや共通錯誤のときは取り消せる
- 第三者による詐欺は、相手方が悪意または有過失のときだけ取り消せる。第三者による強迫は、相手方の認識に関係なく取り消せる
- 強迫による取消しは、善意無過失の第三者にも対抗できる
まとめ
- 心裡留保は原則有効、虚偽表示は無効。いずれも善意の第三者には無効を対抗できない
- 錯誤は、重要な錯誤であれば取り消せる。動機の錯誤は表示が必要で、重過失があると原則取り消せない
- 詐欺による取消しは善意無過失の第三者に対抗できないが、強迫による取消しは対抗できる
- 取消し後に現れた第三者との関係は、登記の問題として物権変動と対抗要件の章で扱う
この章の内容は、権利関係の一問一答で確認できます。